健康経営とは
健康経営とは、経済産業省によると「従業員の健康保持・増進の取り組みが、将来的に収益性を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」です。つまり、従業員の健康管理を個人の問題ではなく、会社の問題と考える経営手法のことです。
健康経営では社員の健康維持・増進の取り組みに必要な経費は単なる「コスト」ではなく、将来に向けた「投資」であると考えます。
健康経営が注目される背景
健康経営が注目される背景として大きく4つの理由が上げられます。
- 生産年齢人口の減少と従業員の高齢化
- 深刻な人手不足
- 長時間労働の常態化
- 国民医療費の増加
生産年齢人口の減少と従業員の高齢化
少子高齢化の影響によって日本の生産年齢人口は1995年をピークに減少しています。
国立社会保障・人口問題研究所の将来推計(出生中位・死亡中位推計)によると、総人口は2030年には1億1,662万人、2060年には8,674万人(2010年人口の32.3%減)にまで減少すると見込まれており、生産年齢人口は2030年には6,773万人、2060年には4,418万人(同45.9%減)にまで減少すると見込まれています。
(出典)2015年までは総務省「国勢調査」(年齢不詳人口を除く)、
2020年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」(出生中位・死亡中位推計)
厚生労働省によると、2030年には65歳以上の労働者が835万人を超えると予想しています。この数字は2000年から約2倍の数字となっており、今後高齢化した従業員が病気等により継続して働けなくというリスクがあるのです。
深刻な人手不足
少子高齢化もあいまって、長期にわたって深刻な人材不足が叫ばれています。労働力確保のため、従業員の雇用延長等を積極的に図らなくてはいけない状況になっています。
そこで、企業に求められていることが、今行っている業務をより少ない人数で行える環境づくり、生産性の向上です。従業員の健康状態の悪化は企業の生産性を低下させることに繋がります。生産性の低下を防ぐ為には従業員の健康保持・増進が非常に重要なキーポイントとなっているのです。
長時間労働の常態化
現在、企業にとって、働き方改革は切ってもきれない関係です。過剰な時間外労働は国から指摘される対象になり、行政処分や訴訟を起こされてしまう原因となります。最近ではWEB上で簡単に会社の評価を記入することができるようになっているので、採用力の低下や離職率の上昇にも繋がってしまいます。
国民医療費の増加
高齢化による国民医療費の増加が企業の社会保険料負担の増加に繋がっています。厚生労働省によると、医療費は68兆円を超えるとも予想されており、個人だけでなく、各企業が一人ひとりの健康保持・増進に寄与することが求められているのです。
我が国社会保障制度の構成と概況
https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000474989.pdf
こうした背景から、企業は人材を確保し、長く働ける環境の提供が必要不可欠となっています。政府も「日本再興戦略」の中で国民の健康増進を図る国策の一つとして健康経営の普及・促進を掲げています。
健康経営を行うメリット
健康経営を行うメリットとしては、以下のようなものがあります。
- 生産性向上・業績向上
- 企業価値向上・ブランディング
- 従業員のモチベーションアップ・組織の活性化
- 人材の確保・定着
生産性向上・業績向上
健康経営を行う一番の大きなメリットとしては「社員の生産性向上」が挙げられます。生産性を考える際に重要になってくるのが、「アブセンティズム」と「プレゼンティズム」という考えです。
アブセンティズムとは
アブセンティズムとは英語の「absent(欠席)」語源になっている言葉で、心身の不良を理由に遅刻や早退、欠勤、休職など、業務が行えないことを指します。アブセンティズムの場合は、業務にかけられる時間が減少しているので、チームや組織全体の生産性・業務効率が落ちてしまいます。
プレゼンティズムとは
プレゼンティズムは、英語の「present(出席)」が語源になっている言葉で、出勤していても、心身の健康上の問題が作用して、パフォーマンスが上がらない状態のことを指します。たとえば、頭痛で仕事に集中できなかったり、メンタルの不調で思うように行動できないなどです。人によって原因は異なり、二日酔いや寝不足などがある状態で働くこともプレゼンティズムに含まれます。アブセンティズムと比較して、目に見えるものではありませんが、プレゼンティズムが起こることによって、作業効率や生産性の低下を引き起こしてしまいます。
このように従業員の健康が低下することは、生産性に直結します。社員の健康を維持・促進することによって、アブセンティズム、プレゼンティズムが解消されます。
一人ひとりの生産性が向上することによって、業績がアップすることも研究によって証明されています。「投資へのリターン:職場における健康プログラムの財務結果に関する兆候の評価」※1 によると、職場の健康プログラムは良い経済への影響をもたらすという結果が出ています。
企業価値の向上・ブランディング
健康経営は企業価値の向上、ブランディングにも効果があります。先にも申し上げたように、国でも健康経営を推進しています。健康経営に積極的に取り組むことによって、後述していますが、様々な制度を利用することも可能です。
さらに近年、株式市場に置いて、中長期的な企業の成長、持続可能性を評価するためのE(環境)、S(社会)、G(統治)というような情報を重視した投資が増え始めています。健康経営を行うことは、社会を構成する重要な要素の一つである従業員への投資で、ESGの「S」に該当するため、投資家からの注目が集まっています。健康経営を行うことは資金面でもプラスの効果があるのです。
企業価値を高めるだけにとどまらず、健康経営はブランディングにも高い効果を発揮します。今や、いいものやサービスを提供するのは当たり前で、消費者はそれ以上のものを求めています。健康経営に取り組むことで「従業員を大切にする企業」というイメージを前面に押し出せます。それにより、顧客の囲い込みやファン獲得といった効果も期待ができるのです。健康経営は国が押し出している制度ではありますが、まだまだ取り組んでいる企業が少ないので、早めに取り組むことによって差別化を図ることもできます。社会的な評価を得ることは、人材採用の際にも大きく役立ちます。
従業員のモチベーションアップ・組織の活性化
長時間労働などで社員のモチベーションが低下すると、集中力も低下してしまい、それによって生産性が下がってしまいます。一般社団法人 人と組織の活性化研究会によると、企業活動における生産性と関連の深いモチベーションやコミットメント、職務・職場への取組み姿勢が向上するという結果が出ています。社員のモチベーションがアップすることで、会社全体にも活気が生まれ、業績アップに繋がります。
人材の確保・定着
2019年にリクルートが行った「どんな企業に就職したいか」という学生を対象に行ったアンケートによると、給料水準の高さや業績の安定を重視している学生は2割に対して、福利厚生の充実や従業員の健康・働き方の配慮を重視している学生は4割にのぼります。働きやすい職場作りや待遇は非常に重要なのです。
健康経営を行う中で残業時間の削減や有給休暇取得、食事補助など、行っていくうちに、結果的に働きやすい企業へとなり、それが人材定着へと繋がっていきます。
健康経営で得られる認定や助成金
健康経営優良法人
通称「ホワイト500」と呼ばれている制度で、健康に関する課題を積極的・効率的に取り組んだ企業が認定を受けることが可能です。「経営理念」、「組織体制」、「制度施策実行」、「評価・改善」、「法令順守・リスクマネジメント」の5種目に分かれていて、認定されると健康経営優良法人のロゴマークを企業のPRに利用することができたり、地域の金融期間の低金利融資や自治体の公共調達における加点、各地域に優遇措置を受けることが可能になります。
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkoukeiei_yuryouhouzin.html
健康経営銘柄
従業員の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組んでいる企業を顕彰する認定制度のことで、経済産業省が東京証券取引所と共同で取り組んでいます。健康経営銘柄に認定されるためには、秋に行われる「健康経営度調査」に参加しなければいけません。認定されることで、企業の健康経営の取組が株式市場等において、適切に評価される仕組みづくりに取り組んでいます。
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenko_meigara.html
時間外労働等改善助成金
時間外労働の上限設定に取り組んでいる中小企業に対して実施の際にかかった費用の一部を助成してくれる制度。各都道府県の労働局によって条件は異なります。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120692.html
業務改善助成金
中小企業や小規模事業者が最低賃金の引き上げのため、機械導入やPOSシステム等を導入した際に設備投資などにかかった費用の一部を助成してくれる制度。
中小企業・小規模事業者の生産性向上を支援し、事業場内で最も低い賃金(事業場内最低賃金)の引上げを図るための制度です。 生産性向上のための設備投資(機械設備、POSシステム等の導入)などを行い、事業場内最低賃金を一定額以上引き上げた場合、その設備投資などにかかった費用の一部を助成します。
人材確保等支援助成金
事業主が、雇用管理制度(評価・処遇制度、研修制度、健康づくり制度、メンター制度、短時間正社員制度(保育事業主のみ))の導入等による雇用管理改善を行い、離職率の低下に取り組んだ場合に一部の費用を助成してくれる制度。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000199292_00005.html
受動喫煙防止対策助成金
受動喫煙防止のための喫煙室などの施設を整備する際にかかる、一部の費用を補助してくれる制度。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000049868.html
健康経営に取り組む方法
健康経営に取り組むには「①経営理念、方針」「②組織体制」「③制度・施策実行」「④評価改善」「⑤法令遵守・リスクマネジメント」※2の順番に行う必要があります。
社員の健康を経営課題として捉え、健康経営に取り組むことに決めた場合には、理念や考えを社内外にしっかりと示していくことが重要です。健康経営を経営理念の中に明文化することで、企業として健康経営に取り組む姿勢を従業員や投資家など、様々なステークホルダーにメッセージとして発信する方が良いでしょう。
組織の構成にあたっては、専門部門の設置や人事部など既存の部署に専任職員、兼任職員を置くなどの対応が考えられます。
制度・施策の実行では、従業員の健康保持・増進の取り組みは、事業主としての企業(経営トップや担当部署)、産業医などが協力して行う必要があります。
健康経営を実施する上では自社の従業員の健康の課題を把握する必要があります。健康管理のデータ分析サービスを利用することによって課題把握だけでなく、医療費を下げたり、メンタルヘルス不調者を減らすための施策を作成することができるようになります。
経済産業省の調査によると、健康経営に関する取り組みが各種ステークホルダーから見て、可視化できるようになっていないという問題が挙げられています。健康経営に対する取り組みが適切に評価されないことは、健康経営に取り組む企業にとっても、各種ステークホルダーにとっても機会損失になっています。健康経営に取り組んでいる(取り組む)企業は行っている施策についてしっかりと発信していく必要があります。
健康経営に失敗する会社
しっかりと発信してないという以外に、健康経営に失敗してしまう企業の特徴は「社長が無関心」「具体性がない」「現実不可能な目標」といったことがあげられます。
健康経営は担当者一人だけの力では行うことができません。社長を含めトップが主体性を持って健康経営を行っていく必要があるのです。
主体性を持って健康経営を行っても、具体性がなければ社員はどのように取り組めばいいかわかりません。健康経営をやると決めたら、その後の具体策まで決めましょう。
担当者だけが盛り上がってしまい、現実不可能な目標を立ててしまうことも少なくありません。急に社内完全禁煙などといった施策を行うと、社員の不満にも繋がってしまいます。現実的な目標を決め、社員に協力してもらえるように施策を行っていく必要があります。
健康経営の施策例
これまで健康経営について説明しましたが、実際に行っている企業をご紹介します。
日本オラクル株式会社
日本オラクル株式会社では2002年より「Work@everywhere」という名称でリモートワークが開始しました。施策が開始当初は限定された社員だけ利用可能だった制度でしたが、今では全社員が対象となっています。
自宅が近くの社員は自転車で通勤が許可されている「自転車通勤制度」というものもあります。運動不足を解消できると人気の制度となっております。
そのほか、株式会社日本オラクルの健康経営についてはこちらの記事をご覧ください。
株式会社オカムラ
株式会社オカムラでは、製造現場・作業者の体格や筋力に合うように上下昇降作業台を利用しています。導入したことにより、肩こりや腰痛などのカラダへの負担が軽減されているそうです。
また、心身のリフレッシュを目的としたラボオフィスという施設を設け、就業、休憩時間に関わらず、リフレッシュすることができます。
そのほか、株式会社オカムラの健康経営についてはこちらの記事をご覧ください。
株式会社トーテックアメニティ
株式会社トーテックアメニティではクラブ・サークル活動の推奨やスポーツイベントの開催をしています。スポーツを通じて身体の健康効実現だけでなく、メンタル面でも良い結果が出ているそうです。
また、健康診断で再検査などが必要な方に向けて再検査にかかる費用の補助を出すことで、積極的に再検査を受けるように推進しています。
そのほか、株式会社トーテックアメニティの健康経営についてはこちらの記事をご覧ください。
ENEOS株式会社
ENEOS株式会社では、ヘルステラシ―向上や高ストレスの職場の早期発見と対策を健康に関する様々なセミナーを開催しています。
また、社内の健康増進施策のPDCAをうまく回せるようにデータも活用!健康検診受診率の維持や2次検査精密検査等の必要な従業員のフォローに役立てています。
そのほか、ENEOS株式会社の健康経営についてはこちらの記事をご覧ください。
株式会社ディマージシェア
株式会社ディマージシェアでは、毎日朝礼後に30秒~1分程のストレッチを実施しています。運動促進だけでなく、チームとしての生産性も高まっていると好評だそうです。
また、2年目以降の社員が新入社員の悩みにいち早く気づけるような「ラインケア研修」も行っています。
そのほか、株式会社ディマージシェアの健康経営についてはこちらの記事をご覧ください。
東京建物グループ
東京建物グループでは、元々喫煙率が高いことが課題の一つだったので、本社オフィス内の喫煙ルームを撤廃しました。また、事務所内完全禁煙や会社が主催する宴会での喫煙を禁止しています。
さらに療養や通院等に使える特別休暇「シックリーブ」という制度もあるので、持病がある人も安心して、治療と仕事に励むことができます。
そのほか、東京建物グループの健康経営についてはこちらの記事をご覧ください。
ヤマトシステム開発株式会社
ヤマトシステム開発株式会社では、心の健康を管理する資格であるメンタルヘルスマネジメント検定を勤務時間中に受験できるようにしています。
また、健康増進フェアやウォーキングーなどセミナーなど生活習慣を見直せるようなイベントを開催しています。健康増進フェアでは外部から健康測定器を借りて、体重、体脂肪率だけでなく、欠陥年齢や脳年齢など測っているそうです。
そのほか、ヤマトシステム開発株式会社の健康経営についてはこちらの記事をご覧ください。
まとめ
今や社員の健康は自己責任ではなく、会社全体の問題です。今後少子高齢化の影響でさらに、労働人口が減少し、生産性の問題が出てくるでしょう。会社を構成する社員一人ひとりがより健康になり、常に高いパフォーマンスで業務ができることによって、会社全体の生産性も向上し、それにより会社の業績アップに繋がります。それだけでなく、国が健康経営を推しているので、認定や助成金ももらうことができます。
健康経営に取り組む方法は様々な方法がありますが、トップダウンで発信していき、会社全体で目標に向かって取り組むことで、しっかりと結果を出すことが可能です。
遅くならないうちに健康経営に取り組みましょう!実際に何を行なったらわからないという方向けに、ご相談も受けています。お気軽にご相談下さい
※1 Julie A Astrella (2017) ”Return on Investment: Evaluating the Evidence Regarding Financial Outcome of Workplace Wellness Programs”JONA The Journal of Nursing Administration. 47(7/8):379-383
※2 経済産業省「企業の『健康経営』ガイドブック~連携・協働による健康づくりのススメ~」に基づく